日本中を熱狂の渦に巻き込んだ祭典から2年が過ぎた。テコンドー女子49kg級で
5位入賞を果たした山田選手は、およそ1年の休養を経て、世界の頂点を再び見据える。

長年憧れた夢の舞台は、手応えと口惜しさ、そして感動と、さまざまな感情が湧いた短くも濃い時間だった。
「初戦の相手は、1年前の合宿でコールド負けした選手だったんです。そこで徹底的に分析と対策に取り組んだ結果、本番はすごく楽に感じました。相手の動きだけでなく、自分の攻撃を嫌がる相手の表情がよく見えた。リードされていても焦らなかった。チャンスをきちんと見極めて、残り40秒で逆転することができました」準々決勝は世界選手権46kg級2大会覇者に快勝し、準決勝へ駒を進める。日本では競技者人口の少ないスポーツにとって、夢の舞台でのメダル獲得は、最高のアピールになる。ここで自分が絶対にメダルを取らないといけない――。そう誓った準決勝で惜しくも敗れ、3位決定戦もまた制することはできなかった。
使命を果たせなかった思いから大粒の涙を流した後、自身のインスタグラムを開くと、大量の激励が届いていた。「後で知ったんですが、自分の試合が地上波で放送されたんです。たくさんの人が試合の様子を見てくれて、会ったことのない方々が熱いメッセージを送ってくださった。悔しい思いをしたのと同時に、うれしさと感動もありました。テコンドーをやってきて本当によかった」

人として成長するために競技から一度完全に離れた

1.王子警察署の一日署長を務めた。ちょっぴり緊張した面持ち。 2.高校時代の恩師や同級生に大会の報告をするため地元愛知県へ。「懐かしい雰囲気で、温かな気持ちになりました」 3. 北区のテコンドー教室にて。「子どもたちが全力で楽しんでくれる姿がうれしかった」

大舞台を経験した後、テコンドーの練習をしても全然身が入らなかった山田選手は、燃え尽き症候群になっていることに気づく。今の自分には勝ちたいという一番大事な気持ちが足りていないと感じ、一度完全にテコンドーから離れる決意をする。「そのことを(城北信用金庫の)大前理事長に伝えたら、『したいようにすればいい、決めたことを全力で応援する』とおっしゃったきり、私の答えを温かく待ってくださった。そのおかげで自分としっかり向き合えたんです」
翼を休めていた1年間、金庫の業務に精を出す一方、家族と旅行に行ったり、まわりの大切な人と共に過ごしたりする時間を増やした。他競技のアスリートや応援してくれた人と交流する機会も作った。
「自分だけの考えにとらわれず、いろいろな人の考えを吸収して視野を広げたい、人として成長したいと思いました」一時は引退の2文字が脳裏をよぎったが、徐々に競技復帰の意思を固めていく。そして元アスリート職員で現在はマネージャーを務める同僚と食事をした夜のこと。「競技のことを熱く語り合っていたら、『やりたいんだと思うよ』って言われて。背中を押された一言でした」競技復帰を真っ先に伝えたのは両親。「二人とも、私がどうするのか全然聞いたことがなかったんですが、復帰すると報告したら、めちゃくちゃ喜んでいました」

日本をけん引する立場としてみんなでもっと強くなりたい

復帰戦は、2022年12月に大阪府堺市で開催された全日本テコンドー選手権大会。1ランク上の53kg級に階級を上げたにもかかわらず、見事優勝した。
10代の頃から世界で戦ってきた山田選手。若手にとっては憧れであると同時に越えたい壁でもある。だからこそ、試合では山田選手に全力で挑んでくる。「あの大会は、途中で心が折れかけていました。準決勝と決勝の1ラウンド目を取られて、もう無理かもしれないと。でもインターバルで周囲を見渡して、応援してくれる人を見たんです。そうしたら自分の心がフラット、ゼロになった。気持ちを切り替えられて、逆転することができました」復帰後は従来よりもハードなウエイトトレーニングをこなし、以前よりもパワーが増した。なにより向上したのはハートの部分だ。「テコンドーは相手の考えの裏を読み、自分の技を当てないといけない、奥の深い競技です。若いときは考え方がカチカチで、コーチに言われたことを徹底する意識が強かった。もちろん今もコーチのアドバイスを聞きますが、俯瞰で物事を考えて、自分で試合を組み立てていくようになりました」キャリアを重ね、強じんな身体としなやかな心に磨きをかけた。周囲の期待もプレッシャーではなくパワーに感じられるようになったと力強く語る。
ベテランのテコンドー選手となり、次世代を育てたいという気持ちも芽生えている。「日本チームみんなで強くなっていきたい。そのためにも若手の手本として、自分が先頭に立って引っ張っていかないといけない。そういう気持ちがすごくあります」今のスマホの待受画面はテコンドーの試合会場。自分自身に気合を入れるためだ。「一つずつクリアしていくしかない。まずは来年1月の選考会で勝つ」これまで支えてくれた人たちへの恩返しをテコンドーで果たすため、ただひたむきに世界の頂点を目指す。

4.試合序盤劣勢の中、インターバルに心をフラットにしたことで気持ちを切り替え、逆転勝利をつかむ。 5.気迫あふれる闘いで相手を圧倒した。 6.「久々の舞台で戦えた喜びと感謝を込めました」

日本テコンドーの年長者である山田美諭。日本チームに対する思いは誰よりも熱い。

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